悠久の時を刻んできたマヤ暦──その不思議な魅力

14年前、誕生日占いのようなノリで自分のKINナンバーを調べたのが、マヤ暦との出会いでした。
5年ほど前に改めて学び始め、今回この記事を書くにあたって色々と調べてみると、知らなかったことがたくさん出てきました。

現代に広まっているマヤ暦と、古代マヤの暦は別のものであること。260日という周期が3000年以上前から数えられていたこと。そして、なぜ260日なのかは、今も分かっていないこと。

悠久の時を刻んできた暦の、不思議な魅力について書いてみました。

目次

誕生日占いのようなノリで

マヤ暦というものがあるらしい、と何かで読んだのは、14年ほど前のことでした。

きっかけが何だったのかは思い出せません。検索しているうちに260日で一周する「ツォルキン」という暦のことを知りました。誕生日占いのようなノリで、自分のKINナンバーを調べたのが、マヤ暦との出会いでした。

小さい頃から宇宙や天体の話が好きだったからでしょうか。古代から続く暦の、その時間のリズムがどこか宇宙的に感じられて、面白いと思いました。

その後、「13の月の暦」という手帳を手にとってみたのですが、使い方がまったく分からず、結局そのままになりました。マヤ暦のことは、それ以降長い間忘れていました。

再び思い出したのは、5年ほど前です。ふと気になって、少し学んでみようかと思いました。軽い気持ちでした。

「良い日」と、「もっと良い日」しかない

私が学んだマヤ暦の考え方で、特に惹かれたものが2つあります。

一つは、マヤ暦で流れる時間のリズムです。

グレゴリオ暦では、1週間は7日で一定であるものの、1か月が1月は31日、2月は28日か29日、4月は30日と、不規則な流れです。人工的に組み立てられているように感じます。

一方、マヤ暦の代表的な暦であるツォルキン暦は、13の数と20の日の名前が組み合わさって、260日で一巡します。

月ごとに日数が変わることもなく、同じリズムで巡り続けます。あくまで私個人の感じ方ですが、この流れを意識していると、時間が滑らかに流れていくような、直感が働きやすくなるような気がしています。

そして、もう一つは、お日柄のとらえ方です。

日本で日取りを選ぶとき、いちばんよく使われるのは六曜でしょうか。
大安、仏滅。結婚式や開店日を決めるときに、今も気にする方は多いと思います。

しかし、マヤ暦では、「良い日」か、「もっと良い日」しかない、という考え方です。
悪い日がないのです。

どの日にも良さがあるという前提なら、日を選ぶことが、避けるための行為ではなくなります。

今年の5月2日、私は以前のHPでブログを公開し、8月27日にHPを新しくしました。
どちらも、私が学んだ体系では「始まりにふさわしい日」とされている日で、何かを新しく始めるのに良いということです。

決して深刻に選んだわけではなく、半分ゲームを楽しむような感覚です。

何かの日にちを選ぶなら、悪い日のない暦で決めるほうが面白いと思います。

二つの歯車が、52年で噛み合う

260日のツォルキンと、365日の暦。この二つは、噛み合った歯車のように同時に回ります。
そして、ある日の組み合わせが再び巡ってくるまでに、18,980日かかります。

365 × 52 = 260 × 73 = 18,980
365と260の最小公倍数、年数にすると52年です。つまり52歳のとき、生まれた日と同じ組み合わせの日が巡ってくることになります。

52年経ってようやく、二つの歯車が元の位置に戻る。これ以上早くは噛み合わない。人ひとりの一生の中で、一度か二度しか訪れない周期です。

思い返すと、私自身、その年齢の頃に人生観が大きく変わりました。
偶然かもしれませんし、そうでないかもしれません。ただ、ちょっと面白い一致だな、と思っています。

現代のマヤ暦と古代のマヤ暦

私はマヤ暦にそれほど詳しいわけではありません。ただ、色々調べてみると、いま日本で「マヤ暦」として広まっているものの多くは、古代マヤの暦そのものではないようです。

1990年代のはじめ、ホゼ・アグエイアスという人物が「ドリームスペル(13の月の暦)」という体系を発表しました。

私がかつて手に入れた手帳も、学んだ講座も、この流れを汲むものです。
260日という周期、13と20という数の組み合わせ。これらは確かに古代マヤに由来します。

けれども、365日を13か月28日という月で分ける考え方は、古代マヤにはありません。
マヤの人々が使っていた365日の暦はハアブ暦でした。ハアブ暦は、20日の月✕18+5日=365日です。

一方、ドリームスペルでは7月26日が一年の始まりとされていて、これは太陽とシリウスが一緒に昇る時期なのだと説明されます。
私はこの話が好きで、何か意味があるのだろうかと不思議に思っていました。

ただ、調べてみると、シリウスが太陽とともに昇る日付は、もともと古代エジプトでナイル川の氾濫を予測するために使われていたものでした。
しかも見える日付は緯度によって変わり、日本ではもっと遅い時期になります。

マヤの長老や研究者からは、古代のマヤ暦と現代のマヤ暦の両者を混同することは、実際のマヤ文化を見えなくしてしまう、という指摘がされているそうです。
このことは、頭の片隅に留め置いたほうが良いのかも知れません。

それでも、古代の暦は古代の暦として、その古い知恵をつなぎ合わせて作られた現代の体系は現代のものとして、分けて見るならば、どちらも楽しめる気がしています。

260日暦は、思っていたよりずっと古かった

調べていくと、この260日という周期――想像していたよりもはるかに古いものでした。

2022年に発表された研究では、メキシコ南部の湾岸地域にある祭祀建築群の方位を、航空レーザー測量で大規模に調べています。

その結果、紀元前1100年から750年ごろに建てられた建物の並びが、260日暦の使用を示す最も古い証拠だと考えられるようになりました。

特に多かったのが、2月11日と10月29日の日の出の方角に合わせた配置だそうです。この二つの日付は、ちょうど260日離れています。

3000年以上前から、人はこの260日という不思議な周期を数えていた。何とも不思議なことです。

なぜ260なのか、実は誰も知らない

なぜ260日なのか。面白いことに実は、はっきりとは分かっていないのだそうです。

いくつもの説があります。

マヤにとって重要な数だった13と20を掛けたのだという説。
北緯15度あたりでは、太陽が真上を通ってから次に真上を通るまでの間隔が260日になるという説。
人の妊娠期間に近いという説。
トウモロコシの農事の周期だという説。
金星の動きと関わるという説。

どれももっともらしく、そしてどれも決め手を欠いているということ。
私は、この「分かっていない」というところに、かえって惹かれます。

古代の遺跡には、暦や天体観測の装置だったのではないかと言われるものがいくつもあります。
古代に、私たちが思っているよりずっと高度な知識があった可能性を考えると、分からないことがまだ残っているのは、むしろ当然のような気もするのです。

古代文明も宇宙も、知られていないことはまだまだたくさんあるのでしょう。

シンクロニシティに気づけるのは、ごくわずか

講座で、こんな話を聞きました。

宇宙は毎日、数十万という、数えきれないほどのシンクロニシティ——意味のある偶然の一致——を起こしている。けれども私たちが気づけるのは、そのうちのごくわずかでしかない、と。

数の真偽は分かりませんが、「気づくのは、ごくわずか」というのは、そうなのだろうなと思います。

マヤ暦を意識するようになって、変わったのはここかもしれません。
今日がどんな日かを意識することで、これまで通り過ぎていたものに、多少は気づきやすくなった気がします。

古代のマヤの人々は、今日という日をどんなふうに感じながら過ごしていたのでしょうか。

悠久の時の流れの中で、今も変わらない数字で暦を紡いでいる。何とも不思議な感じがします。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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