星を観るのが好きだった子ども時代、夕暮れの空に浮かぶ宵の明星を見つけるのが、星空観察の最初の楽しみでした。
一時期、毎月のように母に連れて行ってもらったプラネタリウム。そこで星の話を聞くのが、至福の時間でした。
数年前、ふと思いついて、何十年ぶりかでプラネタリウムに出かけました。
訪れたプラネタリウムは、今から15年ほど前にリニューアルされ、子ども時代に親しんだものより、はるかに立派になっていました。
それでも、仰向けになって天井のドームを見上げると、そこに映し出された星々を夢中になって観ていた、懐かしい記憶がよみがえります。
その日のテーマは、
「惑星の音」 でした。

宇宙は静かなはずなのに
考えてみれば、不思議な話です。
宇宙空間はほぼ真空で、音を伝える空気がありません。
では、あの日プラネタリウムで流れていた「惑星の音」は、いったい何だったのでしょう。
調べてみると、探査機が捉えているのは、私たちが普段耳で聞いているような「音」ではないことがわかりました。
探査機が観測しているのは、電波やプラズマ波といった、人の耳には聞こえない波。
その波形を、人が聞くことのできる音に変換することで、初めて私たちはそれを「聴く」ことができます。
「データの可聴化(ソニフィケーション)」と呼ばれる手法だそうです。
つまり、惑星の音とは、惑星そのものが音を鳴らしているわけではなく、そこに存在する波を、私たちが聴ける形に翻訳したものだったのです。
そう知ると、「宇宙の音」という言葉の意味が、少し違って見えてきます。
音のない宇宙を、人は別の形で「聴いて」いるということです。
口笛を吹く雷
調べていくうちに、さらに不思議な話に出会いました。
電磁波を音として捉えることは、最近始まったことではないそうです。
20世紀の前半、電話線に口笛のような音が混じることがありました。
その音は「ホイッスラー」と呼ばれるようになります。
そして、その正体は、なんと雷でした。
雷が生み出した電磁波が、地球の磁力線に沿って遠くまで伝わる。その途中で、高い周波数ほど早く届くため、音に変換すると、音程がすうっと下がっていく口笛のように聞こえるのだそうです。
雷というと、空を走る稲妻と、「ゴロゴロ」と鳴る大きな音のイメージしかありませんでした。
けれども雷は、私たちの耳には聞こえないところでも、電磁波を宇宙へ送り出していたのです。
そして1979年。
探査機ボイジャー1号が木星のそばを通ったとき、同じような口笛のような現象を捉えました。
それが、木星にも雷があることを示す最初の証拠になったといいます。
その後、2018年には探査機ジュノーが、木星で1秒間に最大4回もの雷を検出しています。地球の雷雨と同じくらいの頻度だそうです。
はるか遠く離れた木星にも雷がある。 そのことを、人は目で見るより先に、「聴く」ことで見つけていたのです。
音の高さが宇宙の様子を教えてくれる
さらに面白いと思ったのは、音の高さそのものが、宇宙の様子を教えてくれるということでした。
ボイジャー1号は、太陽系の果てを越えた今も、宇宙のデータを送り続けています。
太陽系の外に広がる星間空間では、漂っている電子の密度が高いほど、音に変換したときの高さも高くなるそうです。
2013年に捉えられた音は、半年前に観測されたものよりも大きく、高くなっていました。
そこから、太陽から離れるにつれて、星間空間の密度が高まっていることが分かったといいます。
誰も実際に立って確かめることのできない、遥か遠い宇宙。
その様子を、音の高さが教えてくれる。
そう考えると、「聴く」ということの意味が、少しずつ広がっていきます。聴くことが、そのまま観測になっているのです。
もうひとつの「惑星の音」
また、「惑星の音」と呼ばれるものには、もうひとつ、違う種類があることも知りました。
惑星が太陽の周りを1周するたびに音を鳴らし、それぞれの公転速度の違いを、ひとつの和音として聴かせるものです。
こちらは電磁波を音へ変換したものではありません。
惑星の軌道や動きのデータを音楽へ置き換えた、いわば「作曲」に近いもののようです。
天体の運行を音楽として捉える発想は、決して新しいものではありませんでした。
古代ギリシャのピタゴラスは、天体の運行にも音楽と同じような調和があると考えたといいます。
それは「天球の音楽」と呼ばれてきました。
のちに惑星運動の法則を発見したケプラーも、この考えに深く惹かれていた一人だったようです。
何千年も前の人も、夜空を見上げながら、そこに「音楽」を感じようとしていた。
人が宇宙に音を感じようとすること自体が、とても古い営みなのかもしれません。
私があの日プラネタリウムで聴いたのは、ヒューヒューという風のような音でした。 おそらく、電磁波を人の耳に聞こえる形へ変換したものだったのでしょう。
そして、地球の音
では、私たちが暮らしている地球の「音」は、どのようなものなのでしょう。
調べてみると、そこにもまた、雷が関わっていました。
地球の表面と、上空60〜100kmほどにある電離層との間には、巨大な空洞のような空間があります。
そこへ、世界各地で絶えず起きている雷が、電磁波を送り込んでいるそうです。
地球上で発生している雷は、1秒間におよそ50回ともいわれています。
その雷が生み出した波は、地表と電離層との間を行き来しながら、地球を巡っていく。
その中で、ちょうど地球を一周する長さに合った波が互いに強め合い、残っていきます。
こうして生まれるのが、
「シューマン共振」
と呼ばれる現象です。
最も低い共振周波数は、およそ7.83Hz。
その上にも、倍音のように、いくつもの高い周波数の共振が重なっています。
シューマン共振は、1952年、ドイツの物理学者シューマンによって理論的に予言され、1960年に初めて観測されたそうです。
もし地球に雷がなかったら、この共振は生まれません。
そう考えると、
地球の「響き」は、雷が生み出している
と言えるのかもしれません。

7.83Hzという数字について
そして、ここで気になったのが、「7.83Hz」という数字です。
この周波数は、人の脳波のα波(8〜13Hz)に近いことから、地球の響きと私たちの心身を結びつけて語られることがあります。
私もこれまで、そうした話を耳にしたことがありました。
今回、あらためて調べてみると、ここは少し慎重に考えたほうがよさそうだということも分かってきました。
脳波は、脳の神経細胞が生み出す電気的な活動です。
一方、シューマン共振は、地球の表面と電離層の間で起きている電磁気的な共振で、別の現象です。
また、弱い7.83Hz付近の電磁場が、人の脳の活動に一貫して影響を与えるという結果も、今のところ得られていないようです。
「シューマン共振の周波数が年々上昇している」という話を耳にすることもあります。
しかし1960年代から続く観測を見ると、昼と夜、季節、太陽活動などによって多少揺らぎながらも、基本的には7.8Hz付近にとどまっているようです。
数字が近いということと、それが私たちの心身に作用しているということは、分けて考えたほうがよさそうです。
それでも、地球の上で生まれ育った私たちが、地球の響きに親しみを感じる——その感覚は、とても自然なものだと思います。
星を観ることから、聴くことへ
宇宙空間は、音のない世界だと思っていました。
けれど実際には、目にも耳にも捉えられない電磁波で満ちていて、それを音に置き換えると、聴くことができる。
シューマン共振の周波数そのものは、人の耳には聞こえません。しかし地球では、はるか昔から雷によって、こうした共振が生まれ続けてきたのでしょう。
夕暮れの空に宵の明星を探していた頃には、全く知らなかった世界でした。
子どもの頃、夢みた天文学の世界。
何十年もの時間を経て、「惑星の音」をきっかけに、もう一度宇宙へ心を向け始める。
そして、星を「観る」ことから、「聴く」 が加わる。
私にとって大切な「音」というキーワードが、ずっと遠くに置いてきた子どもの頃の夢を、思いがけず今へ繋いでくれているように感じています。

